高速道路の拡張で渋滞は解消できる? スイスで国民投票
スイスは24日、高速道路の大拡張工事について国民投票が実施される。鉄道王国スイスで渋滞が深刻化するのはなぜか?拡張はその解決策になるのか?各種データと専門家の声を集めた。
スイスでは24日の国民投票で、高速道路の数十年ぶりの大拡張事業への賛否が問われる。
投票にかけられるのは、国土を横断するスイス最長の高速道路A1の渋滞を解消するための拡張工事だ。反自動車派や環境保護団体の反対を受けている。
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スイスの高速道路は経済的繁栄の犠牲になるのか?高速道路の通行量は新型コロナウイルス感染症のパンデミック中の急減を除くと右肩上がりだ。
スイス連邦運輸省道路局(ASTRA/OFROU)外部リンクの国道利用に関する年次報告書によると、2023年に高速道路網を利用した走行距離は延べ約300億kmと、前年比1.5%増えた。1990年比では2.3倍の増加となった。国道の長さは全道路網の3%に過ぎないが、交通量でみると半分近くを占める。
連邦制をとるスイスでは、連邦、州、基礎自治体が道路インフラに関しそれぞれ責任を負う。
国全体にとって重要な主要幹線と定義される国道は、連邦政府が管理する。国道には主に高速道路(4車線以上)と準高速道路(2~3車線)があり、都市間や欧州各地を結ぶ。居住地域の迂回道路としても機能する。
スイスには現在、高速道路が1550km、準高速道路が440kmあり、国道全体で2250kmに及ぶ。
過去30年、交通量は人口を大きく上回るペースで伸びてきた。道路局のロレンツォ・クオラントーニ広報官は「経済成長も高速道路の利用が増えた一因だ」と話す。また、仕事かレジャー目的かを問わず、国民の車移動ニーズが高まっているという。
連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)都市社会学研究所のアレクシス・グミ准研究員は、個人の交通量の増加は車通勤者が増えたことが一因だと指摘する。都市部を中心に値頃な家賃・価格の住宅が不足しており、勤務地から遠い場所に住まざるを得ない人が多いという。
グミ氏は、パンデミックをきっかけにしたライフスタイルの変化も背景にあるとみる。コロナ禍で爆発的に広がった宅配サービスが、今も習慣として定着している。スイスの2023年の電子商取引は2019年比で40%以上増えた。一方で在宅勤務はパンデミックの終息とともに下火となった。
渋滞は過去最高
交通量の増加にともない、渋滞問題が深刻化している。連邦道路局によると、2023年の交通渋滞の継続時間は約4万9千時間と前年比22%増加し、過去最長を記録した。
大半の交通渋滞の原因は事故や工事ではなく、交通量の飽和だった。総継続時間の伸びは、交通量を上回っている。
連邦交通局はこれを「交通網が飽和状態に達している」証左だとみる。クオラントーニ氏は「わずかな混乱が車の流れに大きな影響を及ぼすようになった」と強調する。
渋滞の発生場所は主に大都市圏、特に高速道路A1号線付近に集中する。A1はジュネーブからローザンヌ、ベルン、チューリヒを通りスイスの東側国境につながる全長約400kmの高速道路。ドイツ国境からイタリア国境までを南北に繋ぐA2号線も渋滞の頻発ルートだ。特に南部のアルプスをくぐるゴッタルドトンネル手前では、休暇シーズンでなくても定期的に長い渋滞が発生する。
越境労働者が利用する区間も渋滞が多い。イタリアに伸びるティチーノ州のA24号線や、ヌーシャテル州とフランスを繋ぐA20号線がその代表例だ。ここで起きる渋滞は距離が長いだけでなく、密度も高い。
渋滞問題はほとんどの都市部に共通して発生している。GPSサービス大手トムトムによる世界渋滞ランキングでは、複数のスイス都市がランク入りした。
連邦国土開発局(ARE)によると、スイスで2019年に交通渋滞がもたらした損失時間は約7300万時間だった。経済価値にして約30億フラン(約5300億円)と推定される。クオラントーニ氏は「渋滞迂回による農村の交通量増加、安全性の低下、騒音・大気汚染など、住民や環境に負の影響をもたらす」と話す。
「贅沢な」高速道路網
国連の欧州経済委員会(UNECE)によると、欧州各国の高速道路は15年前にくらべ平均70%超延びた。ただ国によって大きなばらつきがある。
スイスの高速道路は1960年代に計画され、段階的に建設が進んだ。2005年以降は「わずか」14%しか延びていない。クオラントーニ氏によると、現時点で完成した高速は当初計画の98%だ。11月の国民投票にかけられる拡張工事は延伸ではなく、一部の既存道路に車線を増やす計画だ。
人口や国土面積に照らすと、スイスの高速道路網は密集性が高い。山岳が多いにもかかわらず、南北・東西の都市が20本以上の幹線で結ばれている。高速の出入り口の数は500カ所近くあり、「居住地域を通る交通量を減らすことができる」(クオラントーニ氏)
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)交通計画・運輸システム研究所のアナスタシオス・コウヴァラス所長は、「スイスの高速道路は十分な容量を備えている」と話す。
EPFLのグミ氏は、高速網の質が高く、自宅近くに高速の出入り口があることが、車通勤を増やす要因になっていると指摘する。「この事実は、道路交通を減らす方向には働かない」
スイスは高速道路に多大な財源を充てている。政府統計外部リンクによると、2021年に国道に投じられた公金は29億フランに上る。比較可能なデータがある経済開発協力機構(OECD)の中で最高額だ。
維持費も3億フラン以上と、国際比較で上位に入る。
クオラントーニ氏は「スイスの高速道路インフラには、国際的にみて非常に多くの橋、高架橋、トンネルがある」と説明する。道路網は非常に複雑で、大がかりなメンテナンス作業が必要となる。維持工事も車の流れの阻害要因だ。
クルマは王様
鉄道王国スイスは電車の利用者が多く、車移動の割合は欧州平均を下回る。交通手段別の移動距離をみると、スイスは車利用の割合が欧州主要国のなかで最も小さい。
それでも車での移動距離が7割強と、電車やバスを圧倒する。自家用車を持たない世帯は少数派で、全世帯の80%は1台以上を所有する。フランスでは85%、デンマークは62%だ。
自動車販売台数は数十年増え続けており、直近では約480万台。人口1000人あたりでは約540台と、欧州平均に並ぶ割合だ。
スイスには自動車産業はないが、EPFLのグミ氏は「いまだに自由の一形態とみなされ、経済的成功に必要な財であるという考えも根強い」と話す。
車は入手しやすい交通手段と思われがちだが、全てのコストを踏まえると、利用者・社会の双方にとって最も高価だ。「それでも、スイスでは高速道路の利用が他国に比べてそこまで高くないのは事実だ」とグミ氏は指摘する。
スイスでは「ヴィニエット」と呼ばれるステッカーを40フランで購入すると、1年間高速道路を使い放題になる。連邦道路局外部リンクによると、同じ定額制をとる他の国や、走行距離に応じて課金する国に比べると安価だ。
同時に「持続可能な移動手段はお金がかかり、それを選ぶ余裕が全国民にあるわけではない」(グミ氏)。物価の歪みを監視する連邦価格監督官のシュテファン・マイヤーハンス氏は今年9月、スイスの公共交通機関の料金は1990年代に比べて2倍に値上がりし、比較的安定した自動車の利用料金との間に「大きなギャップ」が生じていると指摘した。
これは環境問題ももたらす。スイスでは、住民1人当たりが道路交通を通じて排出する温室効果ガスは過去30年で減少したが、それでも総排出量の3分の1近くを占める。スイスはパリ協定のもと、排出量削減に取り組んでいる。
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これらすべてが高速道路の渋滞をもたらす原因となり、解消するには「対象を絞った拡幅工事」をするしかない、と当局は主張する。だがswissinfo.chが取材した専門家の多くは、この主張に首をかしげる。
「誘発交通」の原理からすると、逆に渋滞がさらに深刻になる可能性さえある。大都市で実施された各種研究によると、道路網の拡張は渋滞を解消する効果が確かにあるものの、2~5年しか持続しない。理由の1つは、車移動が簡単になり「潜在していた」ドライバーが道路を使うようになることだ。
グミ氏は「一般的に、10 年後には元通りに渋滞する。車両は高速道路を拡張した分、つまり4万台増える」と説明する。またコウヴァラス氏は増えた車が拡張部分だけでなく他の路域にも溢れ、高速道路の出入り口に滞留しやすくなる、と指摘する。
連邦道路局も、拡張するだけ高速道路の交通量が増えることは認めている。だがそれよりも、「いま周辺道路にあふれ出てしまっている車を、国道に戻すことが重要だ」というのが言い分だ。
道路局は「拡幅工事は効果を発揮する」と断言し、根拠としてチューリヒ北部のバイパス「第3グブリストトンネル」の例を挙げる。クオラントーニ氏によると、「2023年8月の開通から1年経ったが、車は格段に流れるようになった」。
理想的な解決策はあるのか?コウヴァラス氏は、高速道路の対向車線を臨機応変に開放するなど、スマートテクノロジーを活用すれば「インフラを監視し、渋滞が発生した場合に動的に介入」できるようになるとみる。スイスの一部では状況に応じて一般車も緊急車線を通れるようにしたり、制限速度を変更したりしているが、ドイツなどはさらに進んでいるという。
他には集団移動(相乗り、公共交通機関)など他の交通手段を奨励する、オフピーク通行を奨励することなども有効だ。
グミ氏は、道路拡張による渋滞解消効果はいずれにしろ限定的だと話す。「渋滞には構造要因がある。何よりも、考え方を変えるべき時がきている」
「いつか車道がまた流れるようになるとすれば、それは他の移動手段が大きな進歩を果たしたときだ」
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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